初めて公開されたトランクルーム!
人形のおうちはソファやベッドといった家具は色だけは華やかだけどちゃちだし、
壁に家具が描いてあって、洋酒の瓶や花まで描きこんであって、子どもの目から見ても「ごまかしてるなあ」と思わせるものがあった。
それで、お絵かき帳に間取り図を描く。
広大な応接間にはソファセットやグランドピアノを置き、寝室にはまんなかに大きなベッドをどんと置く。
お風呂やトイレは一階と二階にそれぞれあって、いま考えるとお湯代がバカバカしくかかるだろう。
大きなバスタブを置くことにしてあった。
玄関ホールから、「風と共に去りぬ」のような広い階段をのぼり、二階には広いベランダもあって外でごはんが食べられる。
「私の部屋」は寝室とは別にあって、本棚と机を描き入れてしまったら、あとはなにを置けばいいのかわからないほど広い広いスペースがあるのだった。
しょうがないから、「ここはダンスするスペース」などと理由をつけていたものだ。
要するに、思い描けるだけの部屋数を、思いっきり広いスペースで描いては、なにやら満足していたのである。
当時の私の家はじゅうぶんな広さがあったのに、「広い家がいい家だ」という感覚があったのはどうしてなのだろう。
「お城に住みたい」と夢みる気持ちで、「すてきなおうちに住みたい」と思いをめぐらせていたからなのかもしれない。
まだ幼くて、「暮らし」というものの本質がわからないまま、とにかく広ければ楽しくすてきに過ごせると思いこんでいたからかもしれない。
この「広い家」への憧れが、根拠のないただの憧れだったことに気づいたのは、最初に一人暮らしをはじめた小さな下宿のおかげだった。
一階には大家さんが住み、二階を二所帯に分けていたその下宿で、私の住まいは六畳に三畳、そして二畳ほどのスペースに台所とトイレがいっしょになった間取りだった。
合計してせいぜい十一畳のこの下宿が、じつにいごこちがよかったのである。
事情があって、その下宿からは四ヵ月で出ることになった。
その後は友人の好意で格安で借りた、一人暮らしにしてはぜいたくな広さの2DKのマンション、2LDKの戸建て住宅と移り住んだのだが、
そのあいだずっと、私は「広さ」をもてあましていた。
どちらの家でも、一部屋がどうしても空き部屋になって、埃っぽいようなさびしいような部屋になってしまう。
そこには「いのち」がある。
収納スペースも1人ぶんの荷物にしては多すぎて、物をごちゃごちゃ押しこんでしまい、うまく使いこなせない。
「ああ、あの小さな下宿は住みやすかったなあ」と、しきりに思ったものだ。
その、すべてが自分の手の延長線上にあるような、自分の感覚の範囲にあるような、親しさが懐かしくてたまらなかった。
私か体験した「ちょうどよい狭さ」この感覚は、結婚して、夫の住んでいた古い日本家屋に住んだときに、よりはっきりとしてくる。
大正時代に建てられたその家は、六畳に八畳、五畳の縁側部屋、三畳の台所に短い廊下を歩いて二畳ほどのトイレ、そして風呂場、というつくりだった。
部屋数は少ないが、ゆったりとして懐の深い日本家屋のよさがあって、夫婦二人で住むには広くもなく狭くもない。
ちょうどよい広さだったのである。
人が住まうには、ちょうどよい広さがある。
いや、人が住まうには、ちょうどよい狭さのほうがいい、と言ったほうが感覚的にはぴったりくる。
きっと、この「ちょうどよい狭さ」は一人ひとりの感覚でも違うし、生活のスタイルでも違うだろう。
でも、「ちょうどよい狭さ」とは、じっさいの面積とは関係ないのだ。
個々人が、きちんと家と対話し、そこで暮らしを営むことで、おのずから「ちょうどいいな」とわかってくるものだと思う。
ちょうどよい狭さに住むと、家が自分の体と有機的につながり、住みこなせるようになる。
小さな家では、どの部屋にも、どの彫にも、どの収納にも家のどの部分にも目がいきとどき、家と語り合うことができるようになる。
心をこめて住むことができるようになる。
「小さな家」というと、「狭小住宅」が思い浮かぶ。
狭小住宅とは、二〇坪に満たない狭い土地に建てる小さな家のこと。
おしゃれで工夫がいっぱいの、新しい都市の住まい方として人気があるらしい。
でも、私には、それらの家が、ほんとうにいとおしい「小さな家」なのか、よくわからない。
地価の高い都市で、三角形や傾斜地といった不利な土地を有効に使うのはいいとして、それがはたして「ちょうどよい狭さ」なのか。
いたしかたがない結果として、狭いことを受け入れている人が少なくないように思う。
だから、建築基準法やさまざまなテクニックを駆使して、少しでも家を広く、敷地いっぱいに建てようとする。
それに、小さな家の楽しみは、住み手自身が心を配って住みやすくつくり、しかも住みながら手をかけつづけることにあるのに、
さいきん流行の家は、建築家の「作品」のようになっていることが多い。
住み手よりも、つくり手の腕やデザインセンスを見せびらかす作品。
心をこめた工夫とうっとうしい小細工とは紙一重。
それを工夫として活かすのは、住み手が自分で考え、家を自分の分身としていとおしみ、自分の住みごこちを大切にしようとする姿勢ではないだろうか。
要するに、同じ工夫がしてあっても、住み手が自分で考えたものなら工夫でも、建築家や業者が勝手につくると小細工になる、
もとい狭小住宅を「ここちよい小さな家」にするには、家に対して深い愛情を持てる住み手であることが、まず必要なのだ。
そして同時に、その家に住まう自分自身に愛情を注げる住み手であることも。
Lという有名な建築家が、自分の両親のために家を設計したという。
わずか一八坪ほどのその家には、建てて一年でお父さんが亡くなったために、お母さんが三十数年間、一人で暮らしていた。
だから、その家は、「母の家」と呼ばれているのだけれど、ときに「小さな家」と呼ばれることもあるという。
この家は現代の東京にあるのではなくて、1920年代のスイスで建てられたのだから、ほんとうに小さな、ささやかな家だったのだと思う。
私は残念ながら訪れたことはないけれど、写真を眺めるだけで、その家を建てるときにLが老境に入りはじめた両親のために、どれほど心を配ったかがわかる。
ある建築家のNさんがこの家を訪れて、「平面計画(T注・間取りの工夫)だけでなく、年がいた母親の生活を便利に、豊かに、愉快にする小さな工夫は、
それこそ数えきれないほどあります」と紹介していた。
たとえば、ジャムをつくるのが好きな母親のために「ワインセラー兼用の保存食のための地下貯蔵庫をつくったこと」
「音楽家の母親のために特注制作したピアノ上部の移動式の照明器具」「狭い空間を有効に使うための折りたたみ式食卓」「床に沈みこむベッド」
「洗濯室に自然光を落とす天窓」「愛犬専用の踏み台とのぞき窓」……。
こうして書き並べるだけで、想像の家でくつろいでいる気分になる。
Nさんは「両親の性格や性向も、生活習慣も、人生観も、健康状態も熟知し、尊重したうえで、Lは斬新で滋味深く、年老いても十分愉しみながら住みこなすことのできる住宅の傑作を生み出したのです」と述べている。
こんなに親孝行でこまやかな愛情を持った息子が、建築家になって家を建ててくれる人はめったにいない。
お母さんはしあわせ者だと思う。
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